ガチブラックよりも、ちょいブラックの方が逃げづらい

9朶目の記事。

退職に向けて色々と準備を進めてゐる萬朶櫻です。

じつは退職するのは今囘が初めてではありません。2度目です。

ふと當時たうじの事を思ひ出したので、現在までの時系列とともに書いてみます。

1社目 1ヶ月で脱出したブラック企業

僕は大學だいがく4年の就活に失敗し、無い内定のまま卒業間近となつてゐました。

その時ゼミの先生からツテがあるとのことで、大阪天滿てんまにあるCM製作會社ぐゎいしゃを紹介されました。以下、M社とします。

會社の規模は、社長含めて3人、僕を含めて4人の所謂いはゆる零細企業でした。

日記を見返すと、1月18日にM社の人と會食くゎいしょくをしてたやうで、そこで正式に行くことが決まつたやうです。

いきなり正社員登用ではなく、まづはアルバイト感覺かんかくでやつてみてみようと云ふことで、1月からそこで勞働らうどうを始めました。

しかし、そこでは……

  • 始業時間が定時よりもおそくなる事はあり得なかつた
  • 終業時間が定時よりも早くなる事もあり得なかつた
  • 業務命令は煩雜はんざつで生産性に乏しい
  • 業界特有の意義の判らない風習の數々かずかず

要するにクッソブラックでした。

あらゆるモノを急激に失ひながらも、得たモノは何一つありませんでした。

まなび得られた事と云へば、領收書りゃうしうしょのもらひ方くらゐでした。あと先輩にいろいろ奢つてもらつたり。その程度。

これは堪らん」と、3月に逃げるやうにめました。

2社目 「ホワイト」企業には入れたけど……

さて、M社から脱出できた僕は、D社と云ふ人材派遣會社ぐゎいしゃを通じて、9月からI社に入りました。

業務内容はパチンコだい開發かいはつ、規模は中くらゐで、所在地は京都の五條ごでう大橋の近くでした。

僕は元來パチンコが嫌ひなんですけど、仕事だからと割り切つて(結局割り切れなかつたんですけど)勤めました。

萬朶櫻の職場に對する違和感は、就職前に感じてゐたのかもしれない パチンコ會社勤務の僕がパチンコを嫌ふ5つの理由

ここで受けた仕打ちと云へば……

 

特にありません

 

本當ほんたうに何も思ひ出せないんです。

定時ではかへれましたし、人間關係くゎんけいがこぢれてゐるわけでもない。業務に至つてはむしらくなくらゐでした。

これは世間一般で云ふ所のホワイト企業です。

しかし、1つだけ問題があつたのです。

暇過ぎる

げに畏るべきはぬるま湯なり

ぬるま湯のやうな環境。

「羨ましい」つて? いやいや僕にとつては深刻ななやみでした。

業務内容を詳しく書くと、パチンコだいの盤面とか臺枠だいわくで光つてるランプの發光はつくゎうパターン(例へば、光がぐるぐるまはつてるやうに見せたり、1フレームごとに點滅てんめつを繰り返させたり)のデザインでした。

下手すると高校生のバイトでもできるくらゐのレベルで、しかもその單純たんじゅんな作業がごく僅かしかあたへられなかつたんです。

1ヶ月で充分處理しょりできる分量を最大4ヶ月かけてやると云ふ無駄つぷりでした。

 

あと何年ぬるま湯に浸かりながら、この毒にもくすりにもならない毒を呑みつづければいいんだ?

 

みんなが羨むはずの暇なのに、僕にとつては死んだやうな時間。

いつしかこの時間のことを「死暇しか」と呼ぶやうになりました。

勞働に死すあなたが勞働者として働いてゐるとき、アーティストとしてのあなたは死んでゐる。

しかしI社の擔當者たんたうしゃから説得されたこともあり、M社の時のやうにスパッとめることはできませんでした。

このまま居續ゐつづければ創作家クリエイターとしての萬朶櫻は緩やかに死ぬと分かつてゐたのに!

 

さうです。激烈な環境よりも、ぬるい環境の方がタチがわるのです。

 

さうして1年半もの間、僕は死につづけ、つひに爆發ばくはつして現在に至ります。

萬朶櫻退職チャレンジ その1

 

もう忘れたと思つてゐても、案外憶えてゐるものですね。勢ひで書いた所もあり、文章的にをかしい部分もありませう。

何が言ひたいかと云ふと「たとへ他人から見てホワイトな環境でも、自分にとつて違和感があるなら、立ち止まつてしつかりと考へよう」つてことです。

 

さて、そろそろ制作に戻ります ――萬朶櫻

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