自分の作品を「ラクガキ」とか言ふんぢやねえ

どうも、イラストレーター・畫家ぐわか萬朶櫻ばんだのさくらです。65朶目の記事です。

と、先日ニコフレでこんなトゥートをしました。なんか衍字えんじが入つてますけどにしないでください。

「ラクガキ」がどうのかうの言つてたので、ちよつと話をふくらませて記事にしてみました。

萬朶櫻は自分の作品を「ラクガキ」と呼ばないことにしてゐる

「女しか描かねえ!」を標榜してゐる以上、僕がメインで描くのは女の子です。

その女の子相手に「ラクガキ」呼ばはりするのは失禮しつれいですよね。

くだらないと思はれるかもしれませんが、僕にとつては結構大事なところなんです。

 

また他にも「言靈ことだま效果かうくわ」で「ダメ」「ヘタ」とか、否定的な言葉をはつつづけてしまふと、本當ほんたうに「ダメでヘタ」な作品しか描けなくなると思ふんです。

どうせなら「よくできた」「自信作」と言つてあげた方が、自分自身が前向きになつてより良い精神状態になれるのではないでせうか。

 

これらの理由から、僕は自分の作品の娘にたいして「ラクガキ」とは言はないやうにしてゐます。

本當ほんたうに何も考へず、休憩か息拔いきぬきで描いたラフなには「ラクガキ」の代はりに「練習」とか「習作」と言ひ表はしてゐます。

「練習」「習作」だと、「これからもつとお前を上手に描いてやるからな」と、若干の責任といふか、恰好が付くんぢやないかと思はれるからです。

己が「彼女」を認めてあげないで、誰か「彼女」を認められようか

ここではより氣持ち的、精神的な面から見た理由を書いていきます。

 

人は一度否定されるとムカついたり悲しくなるものです。

そして何度も繼續けいぞくして否定ばかりされると精神が病んでこはれます。

とくに生みの親や先生など、自分に近しい者からの否定や毀謗ディスは、ダメージ2倍ださうです。

 

僕はの中の人物にも魂が宿るといふ主義です。

他人からそのの中の人物を否定されるのはもちろんイヤなんですけど、自分でそれをするのは、もつとイヤなんです。

なんか「所詮らくがき」とか「クソ」とか「ゴミ」とか、言ふたびに「彼女ら」が悲しんだり拗ねたりしてるんぢやないかと、

それにつられて作品全體ぜんたいが萎縮しないかと心配になります。

僕と同じくを描いてる方、どうです? 心配になりませんか?

 

僕は心配なので、僕は自分の作品の娘にたいしては否定はせず、最低でも「否定はしないけど肯定もしない」立場でゐることにしてゐます。

たとへ世界中の人が畫面ぐわめんのなかの「彼女」たちを、反論できないのを良いことにボロクソに謗りまくつても、産みの親たる萬朶櫻はだんじて否定はしません。

 

「しみったれた」になられては困りますからね。

まとめ

最初のトゥート


のあと、ありがたいことに何人かの人に共感してもらへました。ありがたう!




やつぱりニコフレユーザーは温かいね。

2017年に描いたニコフレユーザーまとめ

これからも、よりいつそう自分の作品の娘にたいして前向きに取り組んでいきますよ!

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